
- 視点シリーズ14
- 窓辺の日差し
相談活動を振り返って
福島里子
2010年の全国自殺者数は31、690人(警察庁まとめ)でした。1998年以来13年連続して年間3万人を超える方が自ら命を絶たれているそうです。地元福島県においても昨年は540人、一昨年は626人と高い数字を示し、統計数字を見るだけでも、私たちが今生きている社会が生きやすく、希望あふれた社会とは言えないと認めざるを得ないように思います。これは時代を共に生きる者の一人として、悲しいことだと感じられてなりません。
いのちの電話を知ったきっかけ
私が自殺防止・自殺予防の活動団体として、「いのちの電話」を知ったのは随分昔になります。その時期の私は人生の行く手を見失い、どう生きれぱよいのか、何をすれぱよいのかなど、簡単に見つかるはずのない答えを求め、悶々と日を送っていました。そんなある時、他の地域の「いのちの電話」の活動をラジオで聞いたのです。こういう活動が世の中にはあったのかと、私は思わずラジオに聞き入リました。そして、何時の日かこういう活動をしたいなと胸を熱くしたことを憶えています。これか相談員としての、私の原点だったでしようか。
相談員として
今日相談員として、私が相談電話に当たらせていただいていますが、実際は失敗や困惑の連続です。受話器から聞こえてくる明るいお声に思わず元気に答え、相手の方から「本当は辛いんですよ。」と、窘(たしな)められたことがあります。また、「死ぬことはいけないことですか」と聞いてくる、孤独感を抱えた青年の、その純朴さに返す言葉を失ったこともあります。一本一本の相談電話にお1人お1人のかけがえのない人生や、暮らしがあるのだと痛感させられます。そして、時には相手の抱える苦しみや、辛さに無情感や非力感を抱き、電話相談の限界を感じることも少なくありません。
中でも特に、相談員として私には忘れられない苦い体験があります。ご自身の人生を顧みて、未遂の状況を語られ、「三万人死んでいるのだから、その内の一人になってもいいかと思って」という、お電話を受けた時のことです。私は死を直感して、怖くて怖くて、体を震わせ必死で受話器を握りしめていました。できれば受話器を放り投げて逃げ出したい気持ちにもなりました。後になって振り返れぱ振リ返るほど、自殺防止、自殺予防に共鳴して参加していたはずの自分は何だったんたろうと。ガツンと思い知らされたような苦い経験でした。
生きる勇気を与えていただいたのは私
苦い思いや力量不足を感じながら、それでも私は相談活動を続けてきました。何故だったのだろうと思います。思い起こせぱ、電話をかけてくださる方から教えられ、与えていただいたことも、たくさんあったからなのです。
希望の見いだせない、本当に辛い日々を送っていることを語リながらもささやかな出来事に、電話の向こう側で微笑まれた方がおりました。また、涙をきりっと切り上けて、厳しい現実に毅然と向かわれていった方もおりました。電活のこちら側で尊崇の涙をそっと拭ったことが、幾度となくあるのです。自分はこのようには振舞えないだろうな、自分ならへこたれてしまうだろうなと、人としての勇気、生きる力を与えていただいていたのは私の方だったのです。

あなたに強く生きて欲しい
冒頭に31,690人という、年間の自殺者数を記しました。こうした数字から、もしも「3万人死ぬのだから自分もいいだろう」と考えてしまう方がおられたら、この数字にこだわりなく、考え直して「あなたに強く生きて欲しい」のです。さまざまな統計の数字からは見えてこない、聞こえてこない、私たち人間の暮らしや人生の営みが一部ながらも相談電話では見えたり、聞こえたりしてきます。一本の電話で繋がった、一期一会の出会いがここにはあるのです。
今、窓辺には静かに、春の陽が差しています。ほっとするような、穏やかな日差しです。この日差しの温もりを希求しているのは本当は私自身だったと、ひとり気付きなから、もう少し私は相談室の椅子を温めていようと思っています。
